まちクラブが国立競技場で!?「楽しいこと」を重視するFCコラソンの流儀

東京2020オリンピック・パラリンピック のメイン会場として使用された東京・国立競技場。約68,000人を収容するこの巨大なスタジアムは現在、サッカーやラグビー、陸上競技、コンサートなどさまざまな大規模イベントで使用されている。
そんな会場で2023年12月17日に「FCコラソン創設30+1周年大感謝祭 in 国立競技場 powered by 品川CC」が開催された。主催は神奈川県相模原市を中心に活動する総合型地域スポーツクラブのFCコラソン。なぜ、まちクラブが国立競技場でイベントを開催したのだろうか。特定非営利活動法人FCコラソンの理事長・工藤修一氏に話を聞いた。

FCコラソンの集合写真

国立競技場で大感謝祭を開催した理由

工藤は常に、子どもたちの視点を持っている。
「いつも『もし自分がクラブに通う子どもだったら何が楽しいだろう?』『これをやったら子どもたちが喜んでくれそうだな』という発想で考えています」
2012年には、神奈川県横浜市の日産スタジアムを使用して20周年記念のイベントを開催。開催が決まった日からイベント当日までは1か月もなかったが、開催後には想像以上に多くの感想が届いた。工藤としても、年月が経つにつれ競技場でイベントをやる事の影響力や感動を認識。あの感動を、もう1回味わいたいという気持ちがあった。

国立競技場での開催が具体的になったのは、2つのタイミングが重なったことが大きい。1つ目は、検討を始めた年がクラブの創設30周年であったこと。そして2つ目は、OB・本田拓也からの連絡 だった。本田拓也はJリーグの4クラブで計316試合に出場した元日本代表の名選手。そんな本田から2022年の暮れ、現役を引退するという連絡があった。

「OBからJリーガーが1人誕生するだけでも大変なことですが、彼は2008年 の北京オリンピック代表やAFCアジアカップ2011の優勝メンバーでもあります。年少の時から中学3年まで約12年在籍しており 、我々にとってトップのキャリアを持ったOBです。彼のオリンピック代表時代には、子どもたちを連れて旧国立競技場に何度も足を運びました。その時の子どもたちの憧れる気持ち、自分たちのOBが日の丸をつけてプレーしていることの感動など、たくさんのものを与えてもらった存在なんです」
この連絡を聞き、国立競技場で本田の引退試合を開催したいと考えたのだった。

大感謝祭での選手入場の様子

全国各地から集まった3,200名

ただ、国立競技場はいくらで借りられるのか、そもそもまちクラブが借りられるのかも分からない。また、本田は引退後 、FC岐阜のトップチームコーチに就任したため、オフシーズンでなければ実現は難しかった。頓挫しかけた時期もあったが、さまざまな人の手を借り、2023年に入ってようやく同年12月 17日の開催が決まった。

本格的な準備が始まったのは、2023年9月になってから。以前から縁の深い品川CC(カルチャークラブ)に対戦と運営協力を依頼し、代表の吉田祐介氏よりイベント運営会社やクラウドファンディングプラットフォームを紹介してもらい準備を進めていった。大感謝祭は、おもに3つの試合で構成された。長い付き合いのあるブラジル・サンパウロFCのU13 チームとFCコラソンU12チームとの試合、FCコラソンのトップチームと品川CCの試合、そしてこれが引退試合となる本田拓也をはじめFCコラソン・品川CC両者のOB・OGを集めた試合。また、お互いのOB・OGが参加した試合にはプロを経験した選手が出場することに合わせ、MCや審判にもプロを用意した。

引退試合となった本田拓也氏

いよいよ大感謝祭の週を迎えると、工藤は何も考える余裕がないほどに多忙となった。すべての準備が完了しているか何度も確認を繰り返し、それでもなおも心配が絶えない。加えてサンパウロFCのU12チームが来日し、付きっ切りでのアテンドも必要だった。その週の忙しさを物語るエピソードがある。
「大感謝祭当日、開会の挨拶をしなきゃいけなかったんですけど、考える余裕がなく何も考えないままマイクの前に立ちました。頭真っ白の状態で、自分が何を話したかもあまり覚えていません」

大感謝祭当日は快晴。12月のため暖かいとは言い難かったが、気温も予想より高かった。有料のイベントに対し、会場には3,200名ほどの人が集結。まちクラブのイベントとしては驚異的な人数といえる。
「全国各地から、予想以上にたくさんの人が見に来てくださいました。春や夏に遠征で行く宮城や福岡の親戚、石川からも大学の友達が来てくれました。また、大型ビジョンを使いプロの試合のような演出を用意したんですけども、演出があると思っていなかった方から、感動したという声をたくさんいただきました」

国立競技場の大型ビジョンを使用し、プロ仕様の演出を実施した

ブラジルから学ぶ愛情の深さ

サンパウロFCとの縁が示すように、FCコラソンはブラジルとの関係性が深い。ユニフォームもブラジル代表のものをモチーフにしているほどだ。
「もともと自分がブラジルのサッカーが好きで、1か月間周遊した際にブラジルという国に魅せられました。ブラジル人と初めて接した時に感じたのは、愛情の深さ。初対面の人でも、1度友達になるととことん親切にしてくれるんです」

大感謝祭でサンパウロFCのU13チームが来日した際、FCコラソンに通う子どもたちの家にホームステイする予定だった。ただ、受け入れ先の選定に苦労したという。
「新型コロナウイルスのこともあって、最初は受け入れに尻込みするケースが多かった。なかなか決まらず不安はあったんですけど、いざ子どもたちが来たら凄くウェルカムな雰囲気に変わりました。みんな、どんどん接したいという気持ちになってくれた。保護者の方からも『貴重な経験をさせてもらった』という声をたくさん頂きました。そういうものを喚起したいからこそブラジルから呼び、彼らから学んだ愛情の深さなどをクラブに還元したいんです」
その思いから、FCコラソンはこれまで何度もブラジルのクラブと交流している。今年10月にも、サンパウロFCの下部組織を誘致するイベントを予定している。

ブラジル代表に似たFCコラソンのユニフォーム

「広さよりも深さ」長期間続くクラブの作り方

FCコラソンでは、卒団したのちも関係性が続いている方が非常に多い。実際に、大感謝祭ではたくさんの教え子が手を貸してくれた。救護担当はOBの小児科医が担い、アンセムはOBのチェリストが演奏。その他にも、たくさんのOB・OGが表に出ない部分を手伝ってくれた。工藤の考え方が、在籍時だけではない繋がりの深いクラブを作り上げている。
「広げていくことは大事ですが、僕らはどちらかというと深めていくことに重点を置いています。顧客であるクラブ員の人たちに長く在籍してもらいたいので、その人たちに最適なサービスを提供する 。それによって次の人たちが受け継いでくれると考えています」

31周年の大感謝祭を国立競技場で開催し、JリーガーやWEリーガーなどを複数輩出してきたFCコラソンは、2つのことを重視する。子どもたちが楽しむこと。そして、指導者と生徒が対等な関係であること。
「今までの経験から言って、高いレベルに進んだ子どもたちは必ずそのスポーツを楽しんでいます。楽しくなければ続かないため、どう楽しさを演出するか考えています。規律も意識はしていますが、幼稚園生でも中学3年生でも、子どもたちにはいつも笑顔でいてほしい。ぬるく見られることもあるし、笑顔と言うとふざけているように感じる人もいますが、決してそうではないんです。また、FCコラソンでは指導者と生徒という人間関係ではありません。 人対人で付き合えないと、関係性は長く続きませんから」

子どもたちが楽しめることを考え、愛情の深さを育むFCコラソン。工藤は「そんなに立派な考え方はありません」と笑うが、その姿勢が日産スタジアムでの20周年、国立競技場での31周年に繋がっている。40周年、50周年を迎えた際には、どのような姿を見せてくれるだろうか。

 (取材・文 椎葉洋平/写真提供 FCコラソン)

FCコラソンに通う子どもたち

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